母のやさしさ
「About me」を読んで下さった方なら、分かると思いますが、
私には社会人として就職したという経験がありません。
留学後に、少しヨーロッパや北アフリカをぶらりと旅行した後、
夫が大学院(MBA)卒業後、すぐに日本へ帰国し結婚して主婦業に就きました。
器用な方なら、主婦として、社会人よしてバリバリ働くことも出来ると思いますが、
子供時代、母に「危ないから。」という理由で洗濯機すら触らせてもらえずで、
家事をこなすということに追われて、働くことが出来ませんでした。
英語をフル活用して、国際的に働きたいな。とか密かに夢みています。
まだチャンスはやってくる可能性はあるかな?スロースターターなので・・・。
諦めないぞ。
家の母が、物事を始めてそれを続けたい時、
「3日続け、次は3週間を目指し、続けば、3カ月、3年と続ける。」と、
3を基準に続けなさいと、よく言われました。
私は、3ヶ月で諦めてしまいがちでした。
夫が、日本で就職した時も母はその言葉を説明していました。
夫はその言葉を忠実に守り、日本で働き始めて今年で3年になります。
ちなみに結婚してから3年目にもなるので、
私はやっと3年を越えることが出来そうです。
ありがたき母の言葉。
しかし、そこには母の作戦が隠されてました。
母は、3という時を乗り越えた時、いつもご褒美をくれます。
子供の時からずっとそうでした。
小学校の時、私は注射が苦手でやだやだ!といつも母に訴えていました。
しかし、母は「注射したら、指輪のセット買ってあげるのになぁ。」というのです。
時には、バービーハウスだったり綿菓子の玩具だったり。
子供の私にはとても魅力的な言葉なので、
注射を我慢してその輝く玩具を手にしていました。
母の作戦勝ちです。
しかし、私にも絶対に物では釣られないことがありました。
それは、歯医者さんです。
とても小さい頃に歯科医に「感覚がなくなったら教えて下さいね。」
と言われて、麻酔の注射を打たれました。
しかし、コンコンと歯科医さんが私の歯茎を叩いても、
一向に感覚がなくならないので、「まだです。まだです。」と答えてました。
麻酔を一本打ち、二本目になり、歯科医の先生も
おかしいなと思っていたのでしょう。
本当は、もう麻酔は効いていたのですが、
私は勘違いをしコンコンってあたる感覚がなくなるものだと思い、
「まだです。」と答えていたのです。
しまいには、先生に「この子には麻酔は効かない。」と言われ、
途中で投げ出されてしまい、
私の口は閉じることが出来ずに私は泣き出してしまいました。
その様子を見た母は私をかわいそうに思い、一度家へ連れ帰りました。
そのトラウマから、歯医者さんの待合室に入ると腹痛になったり、
意味もなく泣いたりしていました。
母はそんな時、無理強いをせずに何度でも家に帰り何度でも歯科へと、
行ったり来たりを繰り返してくれました。
夜は虫歯の痛さから眠れないし、歯医者は行きたくないし、
堂々巡りをして結局、自分の中で歯科に行くことを決心してから
虫歯の治療をしてもらいました。(女の先生限定で・・・)
無理強いせず、気長に待ち、自分の意思で行くことを
決めさせてくれた母のやさしさに今でも感謝しています。
私も母のような母親になりたいです。
